わたしはとにかく中国語が大好き

わたしはとにかく中国語が大好き。努力しなくても何か出来るのが才能だというのなら、中国語を習得するまでには相当な努力を要したわけだから、「中国語の才能がある」とは全く思わないが、「中国語が好き」という気持ちの強さと、好きすぎるあまりずっと勉強してても難しくても全く苦にならないというモチベーションはもはや才能級なのではないかと思う。好きになるのに理由なんてない、中国語に関しては物心ついた時から「音が好き」だという気持ちを抱いていた。例えば飛行機を意味する「飞机(=フェイジー)」という単語。これは中国語の主に4つある音の特徴の内、「」も「」も共に第一声(音の発声から消滅まで一定の不変の高さを保つ特徴を持つ)で発音するが、わたしはこの第一声の連続に強く好感を持った。何故なら、この第一声というのは鐘の鳴る音や汽笛の音のように、どこか無機質で無情感を伴い、「飛行機」を表すのにぴったりだと思ったからだ。逆に、相手に愛を伝える「我爱你(ウォーアイニー)」の「」や、相手が自分に対しての好意に対し同意を示す際の「我愿意(ウォーユエンイー)」の「愿意が第四声(音の発声から消滅までトーンが一気に下がる特徴を持つ)で、インパクトのある音であることは、より自分の相手への気持ちが強調され、伝わる効果があると言える。第4声の特徴を持つ言葉に、例えば他に「靠近(カオジン)」というのがあるが、これも第4声が連続することで、より第4声の音の強さが強調され、自分に何かが近付いてくる、自分が意識して何かに近寄る様が音からもはっきり連想することが出来る。また中国語の面白さはこのような音に関することのみならず、文字にもある。例えば「頑張れ」を意味する「加油(ジャーヨウ)」。直訳だと「ガソリンを入れる」なのだが、「油」を「加」えて「頑張れ」となる状況は一体どういうことなんだろうと考えてみると、消えてしまいそうな心の火に油を加え、奮起する様を連想することが出来る。このように、漢字一文字一文字に意味が込められているのは、他の多くの言語と大きく異なり、中国語はより意味の深い、内情のこもった言語だと言える。

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